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闘魂 サバイバル生活者のブログ

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陰謀理論(岩波バージョン)

陰謀理論(岩波バージョン)


●奥村宏「判断力」(岩波新書)より、「陰謀理論」と題する章から抜粋。コメントは後ほど。

(引用開始)

…南北戦争が終わったあと、アメリカではポピュリスト(人民党)運動が盛んになったが、そこではウォール街の資本家が陰謀をめぐらせて、通貨量を縮小させることで不況をもたらし、それによって農民を搾取しているのだという議論が盛んに行われた。

歴史家R・ホーフスタッターは、「南北戦争以後のアメリカ史のすべては、国際金融勢力の不断の陰謀として理解しうるというポピュリストの考え方は、広くゆきわたっていた」と述べ、さらに次のように書いた。

ものごとについてこのような見方が浸透していた原因は、農民や労働者がたんに抑圧されているだけではなく、「既得権力を持った勢力」によって、故意に、意識的に、継続的に、そして気まぐれな悪意で、抑圧されているという感情が一般的だったことに求められるであろう。この時代の出来事を陰謀の結果とする考え方をもっていたのはポピュリストだけだと考えることは、もちろん誤りである。この種の思考は、政治的・社会的な敵対感情が激しい場合には、しばしば生まれるものである。ある種の聴衆は、特にこの種の思考に動かされやすい―私の信じるところによれば、特に動かされやすいのは、程度の低い教育しか受けておらず、知識や情報を受けにくい立場にあり、そして権力の中枢に接近することからは、完全に閉め出されている結果、自分たちは自己防衛の手段を全く奪われており、権力をになう人々による操縦に、無制限に従わされていると感じているような人々である(斉藤真也訳「アメリカ現代史―改革の時代」…)

そしてホーフスタッターは、歴史には陰謀などの働く余地はないと考えるのは間違っている、なにごとであれ政治的戦術の性質を帯びているところでは陰謀がめぐらされるだろう、「しかし、陰謀を歴史の中に位置づけることと歴史は事実上陰謀であるということ、すなわち、時として起こってくる陰謀的な行為を選び出すことと、社会についての説明という大きな織物を悪しき陰謀という糸だけで織り出すことの間には大きな差異があるのである」(同…)と言う。

ユダヤ人が世界を支配しようとして陰謀をめぐらせているという議論は戦前からあったが、最近でも日本でそのようなユダヤ陰謀説の本がつぎつぎと出版されている…

…この本の中には先にあげた吉川元忠氏の議論も取り入れられているが、同様な主張が当時「諸君」や「文芸春秋」などの誌上で取り上げられ、大衆受けしていた。陰謀理論はホーフスタッターの言うように、教育程度の低い人に受け入れられ易いが、それだけでなく、日本では学者や評論家など知識人にも受け入れられている。本や論文でそういう主張をしない人でも、日常会話ではこの種の陰謀理論がごく普通に語られている。

これに対し、陰謀の存在を否定して、すべては人びとの合理的な行動によるものだという議論がある。例えば野口旭氏の「虚妄のアメリカ陰謀説」や「幻想の<マネー敗戦>―本山美彦氏の批判に答えて」(いずれも「経済論戦―いまここにある危機の虚像と実像」…)がそれである。

素朴な陰謀理論も誤りなら、陰謀の存在を否定し、現実がすべて経済学の教科書に書いてある通りに動いていると考える市場原理主義も大きな誤りを犯している。

歴史がすべて陰謀によって動かされていると考えるのは明らかに間違っているが、ホーフスタッターの言うように、陰謀を歴史の中に正確に位置づけることが必要なのである。なによりもまず誰が陰謀をめぐらせているのかということを明らかにする必要があるが、それにはその国の支配構造を客観的に明らかにしていくことが必要だ。それを明らかにしないと、「ユダヤ人が世界を支配している」とか、「マフィアが日本を支配している」といったような俗論が生まれる。次にその陰謀あるいは戦略の内容を明らかにし、それが成功する客観的な条件があるのかどうかを明らかにしなければならない。

陰謀(コンスピラシー)あるいは戦略(ストラテジー)を正確に位置づけることは歴史家にとって重要な仕事であるだけでなく、われわれが政治や経済、社会の動きを理解するためにも必要なことである。そこにこそ人びとの判断力が求められているのだ。支配構造の分析を抜きにした単純な陰謀理論は人びとの判断を誤らせる危険性を持っている…

(引用終り)

●常識的なことを言っている、というのが率直な感想だ。グーグルの検索では、野口旭ばりの合理的なクソブログしか検索にかからないので、ネットオンリーの初心者は、もし読書を軽んじすぎると、これまた、常識からはずれた判断力しか身につかない。政治闘争というのは、謀略がつきもので、日本には、謀略をまじめに研究する機関が不在であることもあいまって、謀略をしかける側からは非常に都合のいいナイーブな状況が支配的になっている。なにせ、教科書的記述からはみだす報道はないし、天才をはじきだして、優等生がスクラムを組む不動の体制ができあがってしまっている。優等生というのは、謀略に弱くて、身の安全を最重要視するものだから、われわれは報道に見る教科書的記述の裏を読む知恵で対抗しなければならない。ネットを契機に読書に進む。プロのフィルターを通すという意味で、図書館を活用するものいいかも知れない。


2009年10月18日 根賀源三


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